大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所 昭和56年(ネ)52号 判決

控訴人(原告)

板垣洋子

ほか二名

被控訴人(被告)

安田火災海上保険株式会社

主文

本件控訴はいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴人らは、「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人板垣洋子に対し金五六六万六六六六円、同板垣江里香、同板垣敏に対しそれぞれ金三一一万一一一一円及びこれらに対する昭和五五年四月二二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張と証拠の関係は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるのでこれを引用する。

(控訴人らの主張)

1  亡敏和の血中アルコール濃度は、北海道警察本部の犯罪科学研究所技術吏員によるウイドマルク法を用いた測定では〇・一五パーセントとされているが、右測定法は、実際より高い濃度が表われるなどの欠陥があるから、その誤差を考えると、右測定値をもつて、本件事故当時亡敏和が酩酊していたことの根拠とはなし得ない。

2  本件事故は、亡敏和が夫婦喧嘩で家を飛び出し、将来を案じて運転に神経を集中できず、怒りの感情から、高速度で走行中一瞬ハンドル操作を誤つたために生じたものであつて、同人が酒に酔つていたことに起因するものではないところ、このような酒酔いと因果関係のない本件事故について、被控訴人主張の免責条項を適用することはできないというべきである。

(被控訴人の主張)

右の1の主張のうち、亡敏和の血中アルコール濃度が〇・一五パーセントとする測定がなされたとの点を除くその余の事実及び右の2の主張事実をいずれも否認する。

(証拠関係)〔略〕

理由

一  当裁判所も、控訴人らの本訴請求は理由がないのでこれを棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加するほか、原判決理由説示と同一であるのでこれを引用する。

1  控訴人らの当審における主張1の点を考えるに、成立に争いのない甲第一号証、第六号証、乙第二号証の一、二及び弁論の全趣旨によると、亡敏和の死亡(その死亡時刻は、午後九時三五分ころ)の翌日である昭和五四年一一月二九日北海道警察本部の犯罪科学研究所技術吏員が、ウイドマルク法を用いて、同人の血中アルコール濃度を〇・一五パーセントと測定したことが認められるところ、原本の存在と成立に争いのない甲第七号証の一、二、弁論の全趣旨により成立の真正を認める同第八号証の一によると、ウイドマルク法は、死体の血中アルコール濃度を測定する場合には、死後産生されるエチルアルコール以外の揮発性や還元性を有する物質にも反応して、測定値が実際より高くなる可能性があり、これによる誤差は気温が高くまた死後経過時間が長くなるほど大きくなる(気温摂氏二五度で三日後の死体血につき、エチルアルコールのみを特異的に定量するガスクロ法と右のウイドマルク法の各測定値を比較すると、一〇〇対一四七になるという実験結果がある。)こと、しかし前記測定は亡敏和の死亡の翌日になされ、当時は特に気温の高い季節ではないことから考えると、右誤差はさほど大きいものではないことがそれぞれ認められるから、この点を考慮しても、先に引用した原判決理由説示のとおり、右の血中アルコール濃度の測定値及び本件事故の態様から、亡敏和が本件事故当時酒に酔つて正常な運転ができないおそれのある状態にあつたことを容易に推認できるというべきである。

なお原審における控訴人板垣洋子本人尋問の結果中には、亡敏和の飲酒量につき、本件事故の約三〇分ほど前にビールを一合コツプに一杯半(二七〇ミリリツトル)位飲んだにすぎず、また同人の最大飲酒量がビール大びん一本(六三三ミリリツトル)位であるとの供述部分があるが、前記甲第七号証の一、二、第八号証の一及び成立に争いのない乙第三号証によると、成人男子がビール大びん一本を飲んでも、その血中アルコール濃度の最大値は〇・〇五パーセントかそれ以下であると認められるので、亡敏和の前記血中アルコール濃度の測定値に照らして右供述部分は直ちに採用し難く、ほかにも前記推認を左右する証拠はない。

2  次いで控訴人らの当審における主張2の点を検討するに、被控訴人主張の免責条項(昭和五三年一一月一日改定の自家用自動車保険普通保険約款第二章三条一項二号及び第四章二条一項二号。いずれも、被保険者が法令に定められた運転資格を持たないで、または酒に酔つて正常な運転ができないおそれがある状態で被保険自動車を運転しているときに、その本人について生じた傷害については、保険金を支払わないものとするもの。)は、無免許運転や酒酔い運転がいずれも事故を起す蓋然性が高く、運転自体が法令により禁止され、その違反行為の反社会性が強いことから、その運転中に本人に生じた傷害については、無免許や酒酔いとその傷害との因果関係を問うまでもなくその傷害による損害を填補しないという趣旨で定められたものと解されるし、また右条項の文理上からもそのように解するのが相当である。のみならず、先に引用した原判決理由説示にあるとおり、夜間降雨により路面が湿潤状態にあつたのに、制限速度の時速四〇キロメートルを大幅に上まわる時速約八〇キロメートルの高速度で走行し、しかも現場は直線道路であつたにもかかわらず、路外に逸走し、歩道縁石に乗り上げてからジヤンプ状態で一五・二メートル先の土手に激突した(したがつて、車道上で有効な制動もされなかつたと推測される。)という本件事故の態様からすれば、亡敏和が、平素からいわゆるスピード狂であり、夫婦喧嘩で感情が昂ぶつていたとしても、酩酊による判断能力、運動能力の減退が事故の原因になつたことは否定できないというべきである。

二  よつて控訴人らの本訴請求を棄却した原判決は相当であるから、民事訴訟法三八四条に従い本件控訴をいずれも棄却することとし、控訴費用の負担につき同法八九条、九三条、九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安達昌彦 渋川満 藤井一男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例